03. たすけてお前がだいすきです <中編>
栄口は、
三橋の唇に自分の唇を何度か撫でつけて、やがて名残惜しそうに遠ざかっていった。
「さっ、さっ、…? ……あ、…か…」
三橋は なにか言葉を紡ごうと、解放されたばかりの唇を動かそうとする。
でも なにを言っていいのかわからなかった。
あまりにも唐突な栄口のキスに、心も頭もついていけない。
これでもかというほど目を見開いたまま、固まってしまった三橋。
いまちょっとでもつっついたら、ぐらりと倒れてしまいそうだ。
栄口が、 三橋の頼りない体を引き寄せ 力を込めて抱きしめると、
かき消えてしまいそうな声が聞こえた。
「う、え、…な、な…? …な、に」
極度の混乱と、正体不明の恐怖だろうか。 声音がいつにも増して硬い。
「なにって」
「んっく……!」
これだよ、
という気持ちを込めて、 不安げな言葉といっしょに またキスで三橋の口を塞いだ。
三橋がちゃんと理解できるように、
小さな頭を抱え込むようにしながら 奪った唇を少し荒っぽく吸う。
「んっんっ、」
栄口は何度も角度を変えながら、三橋の唇を啄ばむ。
右手は頬に添えて、親指で柔らかい肌を撫でまわした。 左手の指に ふわふわの猫っ毛を絡ませながら、頭を撫でた。
コシのない髪をクシャクシャとかき乱しながら、 ムートン素材の絨毯の上に三橋を横たえた。
静かに見下ろす栄口の目が、三橋をみつめる。
「なにされてるか、もうわかった?」
これ以上赤くならないだろうと思えるほど、 耳まで真っ赤に染まった三橋の顔。
柔らかく毛足の長い絨毯の上に、脱力気味の体はポトンと置かれている。
栄口はその様子を見て、
三橋が 自分になにをされたのか理解したと、了解する。
防波堤が今にも決壊しそうだった 三橋の眼尻から、
涙の雫がぽろぽろと落ちた。
…あー、……かわいい。
いつもの栄口がそんな状態の三橋を前にしたら、 焦るか心を痛めるが、
今日は違った。
身を屈めて、こめかみを伝う塩っからい涙を舌で拭い取ると、ついでに瞼の上にキスを落とした。
「ううっ、う」
目をギュッと閉じて呻いた三橋は、
床の上に投げ出していた自分の手で 絨毯の表面をカリ、と引っ掻いた。
瞼の上に乗せられた唇の感触は、優しい。
ついさっきまで、
そのなだめるような柔らかさを 自分の唇がたっぷりと味わっていたことを思い出した。
つまりキスされた。
まだ感覚が鮮明に残った栄口の唇に、 かあっと燃えるような羞恥が三橋を襲う。
「や、だ」
覆いかぶさる栄口をあわてて押しのけようと、
栄口のシャツの肩口を掴もうとする。
が、思うように力が入らない。
栄口は
弱弱しく自分の肩を握る三橋の両手を摘み取って、ふたりの指と指を絡めた。
振りほどいて逃げようとしても、うまく力の入らない三橋の体は、栄口の腕から逃れるのは無理だった。
「どっ、どう、して? なん、…なん、で?」
三橋の問いに、
栄口はなんだか困ったような顔でほほ笑む。
眼鏡をかけた栄口に ほほ笑まれたのははじめてだったから、 三橋の心臓が トクンと跳ねた。
栄口は、三橋の手を 絡めた指ごと絨毯に押し付けた。
「ずっと」
「?」
「したかった」
「!」
なにを、と聞くまでもない。 あまりにもシンプルでストレートな言葉に、三橋は首まで赤くなった。
眼鏡越しで栄口は、楽しそうに笑った。
(…ほんとかわいい奴)
頼んで正解だった。
浜田を半ば脅迫するような形で、 今日の放課後、 泉と田島を三橋から遠ざけるように、お願いした。
屋上で話したことは浜田だって
泉と田島には聞かれたくないだろう。 まして三橋をどう思っているのかなんて。
(感謝しないとな)
戸惑いながらも用件を呑んだ、浜田の真摯な顔を思い浮かべた。
が、
今まさに、
目の前で顔を赤らめ息を詰めている三橋を前にすると、
瞬く間に浜田の顔などは 栄口のまぶたの裏から かき消えた。
「ううう、ででで、…もっ、 でもっ…あっ!?」
顔中真っ赤に染めて、三橋はキョドキョドとうろたえる。
栄口は三橋の細い首筋に鼻先を埋めて、
息を吸う。
ふんわりと鼻腔をくすぐる三橋のにおい。 たまらない気持になって、皮膚の薄い首のラインを強く吸った。
「ひ、」
三橋がくすぐったそうに顔を逸らすと、まるい耳が栄口の視界に入った。
ためらいもせず、栄口はその耳に優しく噛みついた。
「!! …っ、あっ」
軽く歯を立てながら耳を口に含まれて、
ゾクゾクとした感覚が三橋の体を震わせた。
チュウ、と 吸い付く音が鼓膜を直に刺激して、 体の芯が痺れそうだ。
三橋は耐え切れなくなった。
「あ…っ!! ひ、あ…、 …耳っ…や、っあ」
栄口の唇は しばらく三橋の耳たぶを甘噛みしていたが、 そのまま撫でるように顎の線を這った。
顎の先を軽く吸うと、三橋がゆらりとのけぞった。
半開きになった唇を追う。 逃げ場を失ったところで、 こんどは深くキスをする。
「ん、む。 んん、っん」
はぐ、はぐ、 と熱いものを ほおばるように、 三橋は唇を動かす。
抵抗しているのかもしれないが、
その動きが、 自然と互いの口唇を貪りあう結果になってしまった。
栄口は 三橋が唇を開くと、
ふわりと自身の唇で覆って、 また閉じると同時に チュ、 という音を立てて離れる。
何度か、何度も、繰り返すうちに、
三橋の口が 小さく開いたまま はふ、と息を吐いた。
チラチラと歯列の間から覗き見える三橋の舌は
サクランボみたいなピンク色で、 「食べたい」 と思わせる 濡れて瑞々しい色だった。
「はっ、ん」
薄く開いた唇を割って、 栄口は三橋の口腔に 自分の舌を挿し入れた。
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