「お、お前さあ、いつのまにそんなもの!?」
と泉。
「ちっとも気がつかなかったぞ」
と阿倍。
「こんなこともあろうかとね、用意してたんだ」
と、沖。
開いた口が塞がらないふたりに沖はフッと笑って、得物をゆったりと構えた。
両足を前後に踏みしめ、ピタリと静止した刀の切っ先。
スポーツチャンバラの長剣は、スポンジのように柔軟な素材で作られている。
にもかかわらず、
沖の構えはまさしく、「ホンモノ」 だ。
「こ…っ、こいつは!?」
沖が持っている武器は、安全を十分に考慮したオモチャのような剣だ。
なのに、
この隙のなさ、
この殺気さえ感じるオーラ。
彼の迫力に気押されそうになった阿部は、冷や汗をかいて呻いた。
「…示現流、だな」
泉がふうっとため息を吐いた。彼もまた、冷や汗をかいていた。
「スゴイ、よくしってるね泉」
「泉、なんでそんなことしってんだ」
「沖のじいちゃんは、鹿児島で剣術道場を開いてんだよ」
「なんだって!?」
衝撃の事実である。とりあえず阿部はそんなこと初耳だった。
「俺、高校入る前に、こっちの道に進んでおじいちゃんの後を継ぐか、西浦で野球するか本気で悩んだんだよ」
「で、結局高校卒業までは野球してもいいって、じーちゃんからお許しがでたんだよな」
「すげーな…」
知られざるチームメイトの家庭事情に阿部は、なんだか感心している。
<示現流>:一太刀必殺の、実戦性を追求した古流剣術。
何時、いかなる時でも敵と対峙できるように、胴着不要で鍛錬を積む道場もあるらしい。
そんな
旧時代の薩摩藩で広まり、幕末の志士さえも恐れたという、剣術。
そこの道場主の孫である沖の腕は、
つまるところ、後継ぎとして十分にやっていけるほどの実力ということだ。
「怪我はしないけど、簡単には通さないよ」
((やべー、沖がカッコイイ))
旧藩士の末裔らしく、サムライを思わせる立ち姿の沖に、しみじみと感心したふたりであった。
水谷と三橋が逃げる時間を、十分に稼げそうである。
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