75.ダウトコール 04-2 











「・・・・・・」
泉は目の前の光景に眉をしかめずにはいられなかった。




一時間経ったらいったん集まろう。
ゲームが始まる前に提案していたのは花井だった。
先刻まで田島をしぶとく追っていた泉だったが、だから牢屋エリアのベンチに戻ってきた。

のに。



野球帽を目深にかぶり、腕を組んだまま動かない 花井
ベンチで胡坐をかき、惚けた表情で天井を仰いでいる 栄口
壁にもたれかかったまま、虚空を睨んでいる 阿部

…西浦高校野球部幹部が、揃って腑抜けている。
石のように微動だにしない、貝のように口を閉ざし黙っている三人を見渡して、



おまえら歯ぁ食いしばれ!!!


数年前の血気盛んな反抗期の泉なら、片っ端から成敗していたところだ。
となりで西広が困った顔で微笑んでいなければ、
今でも分からない。   




三人の魂を根こそぎ引っこ抜いた原因に、思い当たる節がある。
クラスメイトの薄茶色の瞳がちょっとでも涙で濡れたのかもしれない、と考えた。

いつもいつも大切に、少しでもきらきらと明るい光を帯びますようにと、
願って祈って焦がれて。
たまにはっとするほど朗らかな笑顔を望める日常を、死力を尽くし守っている泉は
カッと焼けつく胸を掻き毟って、吼えたくなった。




やっぱりおまえら歯ぁ食いしばれ。












 













「誰に捕まったの?」
唐突な田島の問いかけに、三橋は一瞬動きを止めた。




「あ…えと、 さかえ、ぐちくん。だよ」
「そっか」
じ、 と田島の強い視線は三橋の眼の奥まで覗きそうな。

(打席に立ったときの田島くんみたい。)
戸惑いながら、三橋はそのまっすぐな眼を見つめ返した。


「それにしてもよく一緒に逃げられたな〜」 水谷はしきりに感心している。
「ん、なんか隙を突けた」 かなりいろいろな事情を省略しているが、巣山の言葉に嘘はない。



「こんどまた捕まったら、助けに行くからな!」
三橋の肩をがっしと抱いて、田島は豪快に笑おうとした。
しかし一瞬で表情が凍りつく。

「……?」
いつもどおりの子どもっぽい、おもしろい顔にも見える。
でも、すぐ近くで瞠目する三橋の表情に田島は怯んだ。
水谷と巣山は作戦会議に気をそがれて、三橋のまとう空気が微かに違うことには気付いていない。


涙がゆるゆると、網膜に薄く水を張る。
ふわりと、森林のにおいを孕んだ風が、柔らかな前髪を乱して。
青白い顔は、頬だけ朱みに染まって、三橋は二度まばたきをしながら視線を落とした。


ぐわ〜ん、 と鉄鍋で殴打されたような衝撃が田島を打ちのめす。



なあ。 誰のこと考えてんの?



ざわざわ。ざわざわ。

胸にさざ波が立った。慣れない感覚に涙が滲む。
なんでこんなに怖いんだろ?


なんかいま

すごくキレイだって思ったんだ。
だけど目の前のキレイなものは、ああたぶん俺のじゃない、っていう気がした。
だから
すげえ怖くて、悲しい。

ないてもわめいても。
駄々をこねても地団太を踏んでも。



四六時中仲良くできても、手に入るとは限らないんだって。


そういう理不尽で残酷な物語をいまだかつて経験したことがないから、
わけもわからず泣くのでしょう?


夕暮れを知らせる切ないメロディーが、暮れなずむ遠くの空から流れてくる。
体積を増す紫紺の空に、一番星がひっそりときらめいた。





だけどそれでも、

「田島くんが捕まったら、オレがたす、ける…からねっ!!」

唇を噛みしめこらえていた田島を元気付けたのは、三橋の間の抜けた声だった。
あたたかい雫が、胸に落ちて拡がった。

「……ほんと!? 頼むぜゲンミツに!!」
解きかけた腕をふたたび三橋の肩に回して、ぎゅうっと抱きしめた。

三橋は窮屈そうにしながら、なぜか得意げに何度も頷いていた。




・・・そのとき。



突然小屋の戸がスパーンと開いて、

「ここはもう危ない!! みんな逃げるんだ!!」
血相を変えて飛び込んできたのは、集合時間が過ぎても姿を見せなかった沖だった。

「危ないってどういうこと??」

ほかの隠れ場所を求めてダッシュ移動しながら、事のあらましを沖はみんなに語り始めた。




75.ダウトコール 04 終)










 


読んだ下さってありがとうございました! 三橋を蝶よ花よと大切にしている9組の二人。
ブレーンの正体が判明するのは(言わずともわかるものの)ダウトコール第5話でvv

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