大きな葛篭(ツヅラ)と
小さな葛篭(ツヅラ)を用意してございます。
さて選んだのはどっち?
舌を切ったのはだあれ?
チョンと、な。
「逃げっぞ!!」
よく陽に焼けた長くたくましい腕がにょっきりと伸びて、三橋の体を引き寄せた。
それはちっとも不快ではなかったし、ああ逃げなきゃ。 と われに返った三橋は、巣山の腕に摑まった。
「栄口ッ!!」
怒髪天を衝いて栄口を追う阿部の姿を、目の片隅に引っかけながら三橋は別方向へ逃げた。
「あ、あべくーん」
阿部が怒ると言い知れぬ不安に駆られる。聴こえるはずもない声がむなしく、夏の熱気に溶けて消えた。
逃亡を促す巣山に連れられて、もうずいぶんと暗くなった森の中へ駆け込む。
ぜえぜえぜえぜえ。
はあはあはあはあ。
ひいふうひいふう。
阿部と栄口、双方は見つめあいながら息を切らせている。
そこに愛は、存在しない。
汗に濡れた前髪をかきあげて、阿部はため息を吐いた。
「なんだあれは」
阿部の据わった目を正面で受け止めながら、栄口は頬を伝い落ちる汗を拭う。
「阿部、嫌だった?」
「…っ」
ぎし、と阿部の表情にはひびが入ったような痛みがにじんだ。
皮肉にも、今の阿部の感情が痛いほどに分かる栄口だった。
「あ〜、も〜、オレは最低だああっ!!!」
「はあっ!?」
突如 ガッデム!!、という言葉がまるで似合いそうな格好で、泣き喚いた栄口に、
阿部の烈火の怒りは急激に盛り下がって燃え尽きそうになってしまうのであった。
そして肝心のあの子は、森の中。
雀のお宿はどこでせう?
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