75.ダウトコール 03-2 











幹の太さを測るかのように、三橋はギュ、と松の木に両腕を回して軽くしがみついていた。


(たぶん木になりたい奴がいるぞ、それ)
薄い胸を松の胴体に貼り付ける三橋を横目で見やりながら、巣山は同じ木の根元に座っていた。

はあ、はあ、
三橋は何かに耐えるように、呼吸を繰り返す。頬がやけにピンク色だが大丈夫だろうか。

「三橋大丈夫か?」
見かねて問いかけた巣山のほうへ、首を傾ける。
ぎぎぎ、と油の切れかけたロボットみたいだった。ちょっとおかしかった。

「う……へーき…だよ」
「よし、じゃあもう少し休んどこうぜ」
それ以上余計なことを詮索する気は巣山にない。大体察しもつくし。
オレはそれどころではないのだ、今のオレは

デッド ・ オア ・ アライブ (生か死か)

…本気だ。捕まってたまるかよ。
ふっと険しくなった巣山のまなざしは、
ハードボイルド小説なんかで、警官に追われる悲運のスナイパー(狙撃手)のようだと表現しても過言ではない。


『あ、みは、』

阿部から全力で逃げつつ、栄口は反対方向へ逃げ出す三橋と、それを助ける巣山を見て、焦っていた。
みはし、といいかけた声は本人には届かず、巣山はそれに気付いたものの、立ち止まるわけにはいかなかった。

阿部は栄口を追うのに夢中で、三橋が巣山と手に手をとって逃げたことさえ知らないだろう。


友よ…悪くおもうなよ。(『友』とは主に栄口のことを指す)

巣山は、
栄口が三橋に対し複雑な思いを抱いていることを知っている。
でも、今の巣山の心中を占めるものは

まづいプロテイン阻止 >>>>> 友の恋路

であった。


栄口、お前の骨は拾ってやるからな…


栄口にとってはちっとも有難くもないセリフで、日没間近の空に向かって誓う巣山尚治であった。
安心して、黙って阿部に…追われ続けていてくれ。



時刻は、18時をまわろうとしていた。











 












『みはし』

耳元で、栄口がそう言った。
思い出したら、
顎と首筋のあたりがなぜか ぞくぞくと くすぐったい、そして…すこし怖い。

れ、 

あのとき確かに、耳に何かが這入った。
蘇る感触にたまらなくなって、三橋は木の幹を抱く腕に力を込めて、身を縮めた。

『ん、ん、』
『みはし』
すぐにでも逃げ出したいはずなのに。
遠ざかる意識に逆らって、栄口のユニフォームが千切れそうなほどしがみついたのはどうしてだろう。


たった数分が、何10分にも感じられた長い時間。

栄口はなにかの行為に没頭していて、
三橋は泣くことも、悲鳴を上げることも、突き放すことも思いつかないほど動揺していた。


『さ、かえ、ぐちくん…』
『…!』


肩口に顔をうずめてモゴモゴと自分の名前を呼ぶ声に、 栄口は一瞬にして我に返った。
なにキレてんだ、オレ。ばかだばかだ、さいてーだ。

『うあっ、ごめんっ!! ほんとにごめん!!』

あやまって許してもらえるならば、この世に警察は要らないとは有名な話。
頭に血が昇って我を忘れた自分へのどうしようもない怒り。
あとやっぱりオレって三橋にこういうことしたかったのかあ…という妙な諦めと脱力。
なんかもう ぐだぐだで、 けちょんけちょんだった。



切ってしまえ。
悪い舌は、切ってしまおう。



その後、
栄口には終わりのない自己嫌悪と気まずさ、阿部の怒り爆発という制裁が、きちんと加えられる。
三橋は天上の蜘蛛の糸、もとい巣山の手が差し伸べられる。






(あああ、ううう)
巣山に見つからないように、身をよじって三橋はため息を吐いた。

懸命に謝っていた。
あんな泣きそうな顔をした栄口、これまで見たことがなかった。

……あんなことをする栄口はもっと知らない。

「ふわっ!?」

ビクビクと三橋の体を突き抜けた不思議な痺れ。それはマウンドに立ったときの緊張感と高揚感に似ていた。

ただそれが何を意味するのか、
栄口はモチロン、三橋にすら分かる術のないことだった。



時刻は18時をまわるところ。


なにやら空を見上げてブツブツと呟いていた巣山と、人には言えない記憶を反芻していた三橋の目が合う。

「そろそろ田島たちと合流してみっか?」
「う、うん」


二人は泥棒チームの面々を探して松の木をあとにする。



(75. ダウトコール 03 終)












 


ごめんなさい、いろいろとごめんなさい(冷汗・滝汗)。
とうとう、やらかした…。
読んでくださってありがとうございました。次は第4話です。

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