100 かつて幻想を妄想した回想
 


祭りの後ほどさびしいものはない。宴の後ほど空虚なものはない。
今宵は尚更、終りというものが疎ましい。



鳳仙花(ほうせんか)の紅(クレナイ)色がパッと散っている。あるいは、
熟れた柘榴(ざくろ)の果汁が滴るような。

三橋が着ている浴衣の柄を見て、思わず硬直した栄口に、
「珍しいけれどちゃんと男ものなのよー」と三橋の母は微笑んで言った。
栄口の横に並んで立っていた三橋は、
明らかに納得のいかなさそうな顔でずっと下を向いていた。


カラ コロ カラコロ カラン
 カラン カラン カランコロ カラコロ

栄口と三橋の歩調が、重なったりバラバラになったりを繰り返す。
高く乾いた音を立てながら、ふたりは慣れない下駄でゆっくりと歩いていた。

なんて暗い道なのだろうかと栄口はぼんやりと考える。

中学生たちが遊んでいた花火の硝煙だとか、
炭火で炙られたトウモロコシの皮の甘さだとか、
チカチカと目を刺激する悪趣味なお面の色だとか、
ドオン、ドン、と臓腑を殴る太鼓の音だとか、

あれは すべて ユメマボロシであったか。
ここの道は、暗過ぎる。


三橋は祭りの最後の最後で買ったワタアメを、歩きながら美味そうに食べている。
舌の上で溶ける砂糖菓子の感触を、弛みきった表情で味わっていた。
が、ふと、
急に、栄口のほうをみた。みられた栄口はカラリと笑った。

「祭りのワタアメってなんで美味いんだろな?」
「ん、うん、トウモロコシも、林檎飴も、焼きそばも…おいし、い」
「そーういえば全部食ってた。三橋、今日それ全部食ってたな…」
「ううう、う、ん」



それきり三橋も栄口も口をつぐんでしまい、
やけに明かりの少ない帰り道に、ふたたび沈黙が降りた。




(そこの角を曲がったら、三橋のウチが見えてくる)


今夜の、このぼんやりとした気持ちの正体が、
三橋と離れ難い思いからきていることを、栄口はようやく悟る。
並んで歩く三橋は、ワタアメを食べ終えた。
彼の赤い舌先が唇の上を這って、残った砂糖菓子の甘さを拭っていく。


指先が闇を彷徨う。

二組の不揃いな下駄の音は、鳴りやんだ。

立ち止まった栄口の右手が、三橋の左手を掴んで引きとめたから。



やさしく、でも逃がさないように、指を絡めてキュウと握りしめると、
三橋の指が縋りつくように絡まってきた。
栄口は、胸にせり上がってくる喜びと獣じみた感情を抑えつけるため、
ギリ、とキツク指先に力を入れた。

「…………廉」
「っつ、」


三橋は、膝が震えて崩れ落ちてしまいそうになる。
はじめて、栄口に名前で呼ばれた。
短いが、三橋から冷静さを奪うには充分な言葉だった。


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 かつて幻想を妄想した回想




じつは、こちらの絵が先にできて、それに合わせて書いた話です。
さてふたりは、このあとどこまで進展したのか(笑)。
    
            

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