02 今日昨日明日の2秒前 |
「あ」 カッチン! カッチン!! カッチン!! ころころころころ…… 「!!!」 ギリシア人の哲学者たちの名前をつらつらと板書していた世界史教師が、 責めるようなまなざしを向けた。 制服のポケットから床にこぼれ落ちたものを ひとつ、ふたつ、栄口は指で拾い上げる。 みっつめは、巣山が苦笑いを浮かべながら渡してくれた。 「ほら宝モン。」 「サンキュー」 すがすがしい友情が 一年一組・窓際の席うしろから2番目と3番目界隈をふきぬける。 (((野球部は爽やかだなあ))) その様子を他のクラスメイトたちが見守る。 いやいや、ほんとうはこのクラスと、ご近所の三組にのみ限って有効な評価なのだが。 七組や九組の諸事情はとうてい知らない一年一組ズは 『 ウチの学校の野球部って爽やかさん 』 と信じて疑わないのである。 |
「うひ」 なんか三橋がにやにやしている。 泉は見てしまった。 (あ、かわいい) 授業中でも、その表情がよ〜く観察できる席。 相手の裏の裏をかき、 互いの腹を探りあい、 大声で拳突き出せ男子なら!! ・・・・壮絶かつ厳選なる席取り合戦の結果(=ジャンケンで浜田と田島に勝利) ゲッツした となりの席。只今三連勝。 野球部きってのラッキーボーイは、田島と見せかけてじつは意外とこの泉だったりする。 それはさておき、 「えへ」 (しあわせそうだぜ) 古典の先生が読み上げる朗々とした言葉は 三橋の耳にも 泉の耳にも、 まあ後ろで寝ている田島の耳にも、 ちっとも届いていなかったとさ。 |
≪きのうの話−三橋家で宿題をする栄口≫ ザラザラザラザラ・・・・ 「??」 三橋が机の引き出しから取り出したものに栄口は目を丸くする。 「三橋どうしたのそれ」 「ビー玉、だ、よ?」 「いや、そうじゃなくて。」 「ちっちゃい頃、あつめてた。」 「へー。 たくさんあるな。」 上品な和紙を貼った箱の中に オーロラ色の硝子玉たち。 二十個くらいある。 蛍光灯の光をあつめて 透きとおったり、曇ったりする。 (むかし姉ちゃんが好きだったっけ) そんなことをぼんやり思い出していたら、 三橋の指がそのひとつを掴んで栄口のてのひらに乗せた。 「ど、どうぞ〜」 「え、あ、くれんの?」 「う、うん」 なにか意味があるのだろうけれど、 三橋の思考はときたま栄口にも図りかねることがある。 まあ、そこがいいんだけど。 ぶっちゃけ、好きなんだけど。 「明日の約束のときに、 いっこ。」 「んんん?」 今日は難問だな。見当がつかない。 「約束をするとき、いつもくれてた、んだ。」 「ん、だれがくれてたの?」 「しゅう・・・・うあ、 あ、 か、かの、 叶・・・・くん。」 「はああっ!?」 思わず声が大きくなる。 「うええええっ!? ごめんなさい!」 三橋がビビッて縮こまる。 聞き捨てならない名前だったからつい。 落ち着きを取り戻し、 栄口は再び推理タイムにはいる。 「えっと・・・叶くんと約束するときにいつもビー玉をもらってたのか?」 「そ、そう!」 お、正解だった。 ― 若干、小学校三年生にして 当時の叶はこう言ったそうだ。 『俺たちが約束すると、 1個ずつ三橋のビー玉が増えて、 1個ずつ俺のビー玉が減る。 もし 三橋が100個あつめたらすごくねえ? それだけ一緒にいるんだぞ!』 なんか知らんが100個ってすっごい、 と思った三橋 当時小学校三年生は言った。 『お、おれ、 100個あつめる!』 (・・・・叶、 すごいな) 栄口は あきれたり腹を立てる前に感心してしまった。 敵ながらアッパレ。 しかしここで思考を止めてはいけない。 そしてこれからの推理こそが 肝心カナメなのだ。 「つまりさ、 三橋と俺が明日とか明後日のことを約束するときには、 俺がビー玉を集めればいいの?」 言い当てられて、 三橋は照れたような 嬉しいような顔をした。 「う・・・はい。 もらってください。」 「もらうよ。 集めるよ。」 即答する。 100個といわず、 1000個くらい。 (約束事に ”石” をあげる意味、三橋は・・・たぶんわかってないな、 まあいっか ) 硝子だって材料を突き詰めれば石ですね。 ひとまず些細なことを約束して、 栄口は硝子球を みっつ 受け取った。 (いつか・・・ほんとうにすごいことを約束できればいいのに。) 100個のビー玉、 1000個のビー玉、 三橋の持ちビー玉が無くなったら、 俺が小遣いはたいて三橋にあげる。 色鮮やかな硝子の球体が、 栄口の手の中でゆっくりと温められていった。 02 今日昨日明日の2秒前 |
携帯もメールもあるご時勢だけど こんなのも
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