82 金曜日の無条件降伏 後編
笑いが混じった声で呟かれた。三橋は思わず口をつむごうとしたが、それは許されなかった。 「ん、んあっ…んっく」 栄口の指が口腔内に侵入してきて、口を閉じることができなくなってしまった。栄口の指が唾液を絡めながら、三橋の舌や歯列を撫でる。あたたかい口の中で、 くち、くち、と湿った音が立った。 「んん、んくっ…う」 口の端から唾液がつうっと垂れ落ちる。 栄口は、三橋に指を咥えさせ柔らかい舌を弄びながら、ふたたび三橋のてのひらに口付けた。 「っは…あ、ん」 三橋は栄口の前歯に右手指の付け根を甘噛みされると、甘ったるい声を出した。 恥ずかしそうに必死で頭を横に逸らす三橋を見て、栄口は口の中から指を抜いてやる。三橋は慌てて自由な左手で自分の口を覆った。 「ううむ、ふっ…う……んんっ!」 「右に比べると、やっぱり左手は白いなあ」 薄灯りの中でも認識できるほど、グローブに守られて日焼けを逃れた三橋の左手は白かった。色素の薄い左の甲を栄口はペロリと舐めた。 三橋が掌の向こう側でモゴモゴと呻いたが、構わずに唇で薄い皮膚を撫でた。 そして強めに吸う。 左手を隔ててまるでキスしているような行為に、三橋はうろたえる。 「ううっ」 (こ、こんなことされた、ら……) ――思い出してしまう。 最後に栄口とキスしたのは、一昨日の帰り道。 明かりの少ない路地でふたりきりになって、一瞬だけ触れあった唇の感触を思い出した。 頬がかあっと熱を発する。ぎゅっと目を閉じて硬直した三橋に気がついた栄口は、それを拒絶だと誤解する。 「三橋…?」 三橋は口元から左手をゆるゆるとはずす。栄口の唇にきつく吸われた手の甲に視線を落とすと、皮膚がピンク色に鬱血していた。 つぎに三橋がとった行動は、ほとんど無意識のことだった。 「ん……」 栄口が付けた赤いしるしの上に、三橋は自分の唇を押しあてた。 「!」 栄口は目の前の光景に頭が真っ白になる。 つい今まで、自分の唇がさんざん触れていた場所に三橋が口付けている。 血液がものすごい勢いで脳にドクドクと昇っていく感覚がした。 「はあ…こんなのって…もう……っ」 「う、ん?」 栄口の手が三橋の首すじを愛おしそうに撫でる。流れるような仕草で三橋の顎に手をかけて上を向かせた。 親指を三橋の小さな唇の上に沿わせて熱っぽい声で呟いた。 「できればこっちにしてほしいんだけど」 「…っんん、」 返事を待たずに、半開きの唇を舌でこじ開けながらキスをした。 三橋の舌先に栄口のそれが触れる。ぬるりと絡められ、唾液を吸われる。三橋は扉に背を預けズルズルとその場にへたり込んでしまった。 脱力する細い体を支えながら、栄口も一緒に下にしゃがみ込む。 身体を膝の間に割りこませて扉に抑えつけ、更にキスを深くした。 扉と栄口に挟まれる形で、三橋は追い詰められていく。 栄口の指先がスウェットを託しあげて素肌をさらさらと撫で始めても、わずかに身を捩るだけで抵抗なんてできない。 チュル、と舌を思いきり強く吸われて、ビクン、と身体が跳ね上がった。 「ん、ふっ…う…くっ…や、あ」 「ああもう…すげー好きだよ」 栄口が舐めあげる勢いで三橋の左耳に唇を近づけて囁くと、ゴクリ、と首筋が慄いた。鎖骨に舌を這わせながら、背中や脇腹を撫でていた手を胸の位置まで移動させる。小さな胸の突起を人差し指でグリグリと擦られて、痛みにも似た刺激が三橋を襲った。 「いっ…あっ、さかえぐちくんっ!」 健気にも硬くなってきた突起を弄られて、三橋の下肢はズキズキとしてくる。栄口の指先がカリ、と優しく引っ掻くと、その刺激が電気のように全身を麻痺させ、ビクリと痙攣する。 「ひ、あ…っ、も、や、め」 熱が溜まってきた下肢を悟られたくなくて、両手で隠そうとするが、あっさりと栄口に見破られる。 羞恥で横を向いたまま目を固く閉じて三橋は震える。 見られたくないが、栄口の身体が覆いかぶさっているので膝を閉じることもできない。手で隠していてもたよりなさすぎて、服の上からでもバレてしまうくらい大きさを増した自身を、栄口にじっと見られているのがわかった。 「三橋はほんと可愛いな」 「う、」 あっさりと両手を前からはぎ取られると、手首に軽く口付けされる。頬や首筋、耳の後ろに吸い付きながら、栄口は三橋の太ももを撫であげて、無防備になった付け根の部分に手を這わせる。 「…っ、んっ!」 栄口は三橋のズボンのファスナーを引き下ろし、前を開く。ひとさし指と中指を下着の隙間に滑り込ませた。 少しだけ勃ちあがりかけた三橋のモノに、ニ本の指が絡みつく。 「あっ、あっ」 三橋の先端は、モノ欲しそうにズキズキと脈打ち、じわっと体液を滲ませる。栄口の指が優しく擦ると、その刺激で、トロリと液が漏れてきた。 ヒク、と筋肉の薄い下腹が痙攣する様子は、もっと強い刺激を求めているようもである。応えるように栄口の掌は三橋のモノを握り込んで、先走りの液をなでつけるように音を立てて何度も擦りはじめる。 収納場所としては広すぎても、部屋としては三畳程度しかないクローゼットの中は静かで、体液と粘膜が擦れ合うクチクチという音がよく響いた。 その卑猥な音に更に追い詰められて、三橋は嬌声を止められなかった。 「は、んっやっ、や…あっあっ」 「出したくなったらオレの手に出していいよ」 いつもと変わらない穏やかな口調で、そんなこといわないで、と思う。上下する栄口の手の動きに合わせて腰が勝手に揺れてしまい、つま先はピンと張りつめる。いつのまにか嬌態を見せつけるように下肢を栄口の体に押し付けていた。 三橋はこの薄暗さが怖かった。 相手の表情が見えづらい分、栄口の体温と呼吸、トーンが高めの柔らかい声に三橋の肌は敏感になっていた。 「う、っく」 ビクッ、ビクッ、三度腰を大きく上下させて、三橋は栄口の手の中に熱を放つ。トロトロと指を湿らせる液体のぬくもりを楽しみながら、栄口は恥ずかしそうに目を伏せて涙を流す三橋のこめかみにキスを落とす。頬を紅潮させ小刻みに震えながら果てた三橋の表情に目を細めた。 三橋のモノは萎えていたけれど、体液に濡れそぼった生々しさは栄口の理性を奪うのには充分だった。 さきほどまで三橋を愛撫していた指を、下肢の奥に滑らせて、 ツプ、と先端を中に含ませた。 「っ!! や、だっ」 「…三橋、好き」 「…っ!さかえ、ぐち…く…ひっあ」 指の侵入に下肢をひきつらせ逃れようとする三橋だったが、栄口にかき抱かれ切羽詰まった声で囁かれると、簡単に指をツプツプと飲み込んでしまう。 「っあ…ふ」 ひとさし指を付け根まで差し込まれ、狭い個所をほぐすようにゆっくりと掻き回されて、ゾクゾクと背筋に刺激が昇っていく。 「んっ、あっ…指、やっ……そんなにはいらなっ…」 栄口のひとさし指とくすり指が入口を広げ、深い部分に中指が突き入れられる。三橋の身体は三本目の侵入を簡単に許してしまった。栄口が中指の腹で粘膜を撫でると、まだ幼い形の三橋のモノが、震えながら硬さを増した。 「中…撫でられると気持ちいい?」 「あっ、…こすらな、で」 内部で指がグイ、と曲げられる。たまらずギュウ、と締め付けた。その窮屈さを喜ぶように、三本の指を抜き差しされる。 「あっ! い…やだあっ」 ある一点を擦られたとき、足先まで電流が走ったように身体が痙攣した。 「いや、だ…こん、なの…ひっあ」 ビクビクと上下する腰を制御できなくなって、三橋はうろたえる。助けを求めて栄口の首にかじりついた。指をずるりと抜き取って、栄口は優しく抱き返す。 三橋はもどかしくて、どうしていいのかわからなくて、すがりつきながら無意識のまま栄口の太ももに自分のものを擦りつけていた。 「三橋」 「栄口くん、…あ、さかえぐちくんっ」 名前を呼ばれただけで身体が反応してガクガクと腰が揺れる。さきほどまで栄口に指で掻き回されていた身体の奥が疼いた。怖いけれど、この疼きをどうにかしてほしい。舌ったらずな口調で欲求を訴える。 「あ、あ、栄口…くんっ…う」 「…三橋?」 「こんなのイヤ…だ…っ…奥…こすってほしっ……う、あっん」 三橋は最後までしゃべらせてもらえなかった。栄口は、三橋の背を壁にもたれかけさせたまま、骨ばった三橋の細い腰を、グイ、と両足ごと持ち上げた。 抱えあげるようにして三橋の腰を自分の身体に引き寄せると、同時に自分の熱を持ったモノを三橋の敏感な箇所へと挿し入れる。 ゆっくりと、でも強引に太いものを含まされて、その硬さと熱さに三橋はたまらず声を上げた。 「ふあ、…う、っや…や、あ」 「三橋って…ほんと…」 栄口は、乱暴に突き上げたくなる衝動を懸命にこらえる。 舌で優しく口腔内を愛撫しながら抱きしめていると、じれったそうに三橋のほうから腰を揺らしはじめた。 「んっ、はっ…んんっ、やっあ…さ…栄口く、んっ」 乱れた呼吸と悲鳴が混ざった声で名前を呼ばれると、 なおさら煽られる。 クローゼットという閉鎖された特殊な場所が、三橋をいつもよりもっと乱れさせているらしい。 栄口は膝を折り曲げるようにして三橋の両足を自分の正面で左右に開いた。 ぼんやりと弱い灯りに晒されている、ふたりが繋がっている部分。 その卑猥な状態を見下ろしながら、栄口は腰を上下させる。 「ふあ…や…っ、ソコ…見たらいや…だあっ…、あっ…んっあ」 湿ったふたりの粘膜が擦れ合うと、クチュクチュと音がする。 結合部分から漏れた体液が、三橋の太ももをタラタラと流れ落ちて、内股をグシャグシャに濡らしていく。 「ココ……べとべとだ」 「いっ…イヤ…だ!」 感慨深そうな、ため息交じりの栄口の台詞に、三橋は羞恥で頭が沸騰して涙が溢れてくる。 でも栄口のモノが自分の中に入って動いていると思うだけで、正気を失いそうなほどの快感が三橋を襲う。 身体と心がバラバラで、恥ずかしさと混乱でどうにかなってしまいそうだ。 「う、あん…あっ、あっ」 「三橋、三橋」 下肢を抱えあげるようにして、何度も奥まで突き上げられる。 ガクガクと膝が震え、ヒクン、ヒクンと腰が揺れてしまった。 クチュ、クチュ、と卑猥な粘液と粘膜が擦れ合う音と、三橋が細くあえぐ声と、二人の荒い呼吸音が暗い部屋の中に充満していく。 「せっかく風呂はいったのに、ゴメン」 ふたりとも身体中に汗が滲み、繋がっている部分は体液で濡れそぼっていた。 三橋の澄んだおおきな瞳からはハラハラと涙が零れおち、頬は熱っぽく、唾液で湿った唇は何度も甘い吐息を漏らす。苦しくてたまらないだろうに、 粘膜はヒクヒクと遠慮がちに収縮しては栄口を締めつける。 「っ……やめてあげられない」 「ひっあ」 二人の汗と体液の匂いが狭いクローゼットの中を満たしていた。 太いモノで抜き挿しされて粘膜を擦られるたびに、三橋は甘い声をあげる。なにかの衣類が、助けを求めて伸ばした三橋の指先に触れる。 皺くちゃになるほど必死に握って、身体を襲う快感と衝動に耐える。 そのまま口元へ運んで噛みつき、抑えきれないあえぎ声を殺す。 「ふっ…うぐ、んっく」 「ここだったら洋服が音を吸いこむから、一階には声…聞こえないし。声、出して?」 「っああ、や、ん、ん」 噛みしめていた衣服を奪われ、代わりに栄口の舌と唇が口の中をまさぐってきた。三橋が再び声を我慢できなくなるのを確認して、栄口は唾液の糸を引きながら、唇を離した。はふ、はふ、と熱い息を吐く三橋を、困ったように苦笑いしながら、見下ろす。 「オレ以外の人には…こんなことさせないで」 「!?」 「三橋が他の奴となんて…嫉妬でおかしくなるから」 「ん、うっ…ふあ…そんな…できなっ…」 栄口の言葉に三橋は胸が潰れそうになった。熱に浮かされ涙でぼんやりとする視界で栄口を見つめると、切なげに眉を寄せる顔がそこにあった。 雲の影に月が隠れてしまったのだろうか、室内の闇の色が、さあっと濃くなった気がした。 ――大好きなのに。 「…っき…」 「…え?」 何度も小刻みに突き上げられながら、三橋は消え入りそうな声を絞り出す。 聞き返そうと栄口が三橋の唇に耳を寄せると、もういちどかき消えそうな声で三橋が呟いた。 「す、き…なのっ…に」 「!」 涙腺が決壊した三橋の顔はあっという間に涙でくしゃくしゃに濡れる。 恥ずかしくて、痛くて、でも言葉にできないくらい気持ちよくてみっともない声を出してしまうのに、こんなこと栄口以外の人とできない。 衝動的に泣きじゃくる三橋に、栄口は苦しそうな声で呻いた。 「ゴメン、三橋」 「なん…で?…あっあっ」 「ゴメ…ン、もう、いわないから。そんな顔して泣かないで、三橋」 ホロホロと零れおちる綺麗な涙を吸い取りながら、栄口は少し乱暴に三橋を揺さぶって、自身を抜き差しした。 「んっ、んっ…は、う」 「三橋、三橋、大好きだ」 「…っあう、やあ」 「好きだ…っ」 「栄口くん、あ、あ、」 栄口の手で硬く反り立っていた自身を擦りあげられて、三橋はのけ反り足の爪先まで張りつめさせて、トクトクと二度目の吐精を果たす。 達してしまった三橋の内壁にキュウ、と締め付けられながら、栄口は自分のものを三橋の奥まで突き入れてそこで熱を解放させた。 体内にジワリと体液が注がれるはじめての感覚に、三橋の腰は果ててからもヒクヒクと震え続けた。 そしてぬるりと抜き取られると同時に三橋は意識を手放した。 |
82 金曜日の無条件降伏 終わり |