神社までの道すがら、二人はひとことも口を利かなかった。
正確には、 ”利けなかった”
肩を落とし、震えながらトボトボと歩く三橋に、どんな言葉をかければよいのか、正直叶にはわからなかった。
夕暮れ時の稲荷は、 人気がまったく感じられない。
ところどころ剥げかけた鳥居の深紅が、夕焼けに染まる。
石造りのキツネの耳が、欠けている。
樹齢何十年もあろうかというイチョウの木が、 うっそうとした影をおとす。
「み、みはし?!」
境内へ向かって三橋が急に駆け出したので、 叶は驚いた。
床下にしゃがみこむ三橋に追いつくと、 ここへ来た目的をようやく理解した。
一匹のノラネコが、三橋の足音を聴きつけて、そのしなやかな体を三橋に摺り寄せた。
三橋はネコの背中をひと撫ですると、
パンパンに膨れ上がった自分のスポーツバックから、 ネコ缶を取り出して与えた。
「そいつに餌やってんだ。」
「う、うん。 そ。 」
一心不乱に缶詰を食むネコを、見つめる三橋は微笑ましい。
叶の口元に笑みが作られた。
「ほ、ほかのこ、は、 に、にげる・・・、けどっ、」
「こいつだけは懐いてんだな。」
うん、うん、と 三橋は首を縦に振った。
そうか、そうか、 と 叶は三橋の隣に腰を落とす。
「この子、やさし、い。 かのうく、ん みたい、 だ、よ。」
三橋の言葉は、叶の内臓を ぎゅう と、締め付けた。
みゃうと甘えた声で指先を舐めた猫を、 三橋は ぎゅう と、胸に抱いた。
猫を抱く三橋の腕は、炎天下の練習を繰り返しても、不思議と白かった。
ぐんにゃりとしたネコの体は、 華奢な腕の中で嬉しそうに丸まった。
この腕で、
何球も、 何球も。
押し黙った叶に不安を覚えた三橋は、幼馴染のほうを伺った。
自分ばっかり 悲しがって、 淋しがって、
ノラネコに慰められる自分にあきれたのだろうか。
三橋の臆病な視線に気が付いた叶は、 弁解する代わりにその腕に触れた。
「俺も抱いてみていいか?」
人懐こいノラネコは、叶の腕に抱かれても、喉をゴロゴロ鳴らしていた。
あたたかい体は、 三橋の体温も伝えてくれているようだった。
ネコの前足が、叶の顔にじゃれる。
ひんやりとした肉球が、 ぺしっ、 と頬をやさしく叩いた。
「引っ掻かれない?」 と心配そうに三橋が聞いた。
叶は力なく笑って、されるがままになっていた。
これは 三橋が残すつめ跡だから、 いいんだと。
(85 言葉が足りなかったからぶんかいした。)
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