79 サーチライト浴び歌い上げろアリア(おおきく振りかぶって)











 むかしむかし  あるところで  きみと おれが  であっただけのこと。














 


 叶は三星のガキ大将だ。ジャイアンだ。番長だ。








 叶が歩けば

 
 女子は 「げげっ!!叶!」 と飛びのく
  
 男子は 「遊んでくれよ〜」 とわらわら集まる
 
 イヌは 「くうん」 と尻尾を巻く
 
 ネコは 「なあ〜」 と塀の上からは降りてこない
 
 おばちゃんは 「修ちゃんは今日も元気でいいわねえ」 と人事だから言う
 
 母さんは 「クソガキャア」 とたまに怒る

 





 そんな彼があるときを境に、ただひとりの前では、 オウジサマ   …になった。


















 出会いは叶家の向こう隣、ご近所では評判の豪邸が建つ、三橋ルリの家のまえ。
 このころ群馬は初雪がちらつく季節だった。

  

 ひえびえとした灰色の空は、雪の斑点に埋め尽くされ、昼間だがあたりは薄暗い。
 小学校から帰宅した叶は、みちばたで白い息を吐きながら冬の到来を感じていた。
 と、そのときである。叶は何かを見つけた。


 それはあまりにもちいさくて、悲しげに震えていて。幼稚園のチビがいる、と初めは思った。



 





 喧嘩は売ってでもする、生意気なやつは誰であろうがぶっ飛ばす、そんな彼も鬼ではない。 

 「おい。おまえ迷子か?」 声をかけた。

  

 「ひうっっ!!!??!!」




 そのチビは爆竹に驚いた野良猫のように、ビクッと体を飛び上がらせたかとおもったら、
 そのまま金縛りにあったように動かなくなった。
















































































 
 カタカタ、カタカタ、 と体が震えているのは、 寒さの所為か、 恐怖の所為か。


 ・・・おいおい、おれはいじめるつもりじゃあないんだぜ。

 叶はすこし、傷付く。
 そして近付いてみると、自分とあまり背丈が変わらないことに気がついた。
 ちいさいのではない。ちいさくなっていたのだな。
 年がそう違わないのだと悟って、固まっている相手をまじまじとみつめた。


 毛糸の帽子を深くかぶり、毛糸のマフラーで口元までグルグル巻きにされている。
 何枚も分厚い服を重ね着して、全体的にモコモコしている。
 
 男か女かさえ区別がつかなかったが、
 ひとつだけ、
 叶に強い印象をもたらす部分があった。


 おおきな、おおきな、うす茶色の目玉。
 今にもこぼれ落ちそうなほど、瞳はゆらゆらゆれていた。涙が溜まっているせいだ。


 限界だったのだろう。ぼたり、ぼたり、涙が大粒の雫となって、マフラーに落ちはじめる。
 寒さで赤くなった頬を、濡らしてゆく。



(声も出さずに泣くなんて。)

 叶は目の前の光景に、慄いた。
 こんな泣きかたをする奴、今まで見たことがない。


 そして



 おまえ、おまえ、泣くなよ。泣かないでくれ。
 (なんでもするから。)

 ガキ大将にあるまじき感情が彼に芽生えた。

 「こいっっ!!」 がしいっ、 と腕を抱え、
 「ふぎゅっっ!?? ふぎゃああ??」

 と動揺する相手にはお構いなしで、叶はそのモコモコを、自宅へズルズルズルズルと引きずって帰った。
 
 〜暗転〜







 叶が最後に見たあの子は、出会った頃のように
 やはり声もなく泣いていた。
 群馬には、晩冬の雪がちらついていた。



 いつごろからか、あのうす茶色の瞳は涙で歪んでいることのほうが、おおくなっていた。

 廉、と呼ぶ声が、届かない。
 修ちゃん、と呼ぶ声が、きこえない。


 おまえ、泣くなよ。泣かないで。








 おれなんでもするよ









 叶は三星のガキ大将だ。いまやマウンドの大将だ。
 畠を泣かすことはあっても、泣くことはない。


 青灰色の雪の日をおもいだす
 ちいさいおれと ちいさいきみ
 むかしむかし あるところでであった

 うす茶色の目は叶をふしぎそうに見つめてきた。
 笑い掛けたら

 くしゅっ、と笑って それは きらきらとした

 (79         サーチライト浴び歌い上げろアリア)


カノミハの出会いは 冬ではないかと。
かのたんはミハシに優しすぎます。 そして三橋にはとてもかっこいい男子

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