カノミハの「カ」…勝ったよ。何にかわからないけれど。
「5、4、3、2、1、 GO!」 どどどどどっどどどどどどどどどっどどどどっ…… 「っだあ! チョコチップメロンパンゲット!」 「うっ…があ!」 「あっほが!」 「てんめえ!」 「うらあ! 木曾屋の特製アンパンもらいっ」 「やっほう!!」 「おらっ!」 「ちょ、おまっ…そのメガ焼きそばパンは俺のもんだ!」 「うっせえ!」 そこは紛れもなく戦場であった。 三星学園高等部男子寮という名の、戦場だったのだ。 寮食堂の調理場が抜き打ちの衛生検査に遭って急遽休まざる得なくなり、 今晩の寮生の夕食は予告もなく無くなってしまった。 代わりに臨時で市販のパンが大量に寮に届けられたのはいいが、 日中から夕方までぶっ倒れそうなほどキツイ練習に励み、 エネルギー残量が限りなくゼロに近い飢えた運動部の男子生徒の巣窟だというのに、 それにしては数と種類があまりにも少なすぎた。 事態は大荒れになるであろうと予測したものの、「なんだか楽しそうだし?」という、 そんな無責任かつ勝手きわまりない結論を出した寮長の号令を合図に、 寮内パン争奪戦が幕を開けたわけである。 冒頭の怒声と罵り合いの理由はそういうことであった。 空腹も手伝って少年たちの食い意地と殺気のボルテージは上昇しつづけ、 もう、ここではとてもじゃないが書けないほどの品性下劣な言葉も飛び交い始めていた。 こんなに殺伐としていても蹴りや拳が出ないところは、寮生一同なかなか心得ているが、 修羅場であることには間違いのない。 しかしこの場にあっても、 それを冷静に見つめている少年が三人ほどいた。 一人は、男子寮内の誰よりも上背があり、無駄のない、かつよく鍛えられた筋肉が逞しい少年。 一人は、中の上くらいの上背でガッチリとした体つきからそのパワーがうかがえる坊主の少年。 一人は、背丈は標準並みだがスタミナのあるしなやかな筋肉と強い眼差しが人を圧倒する少年。 上から順に、織田、畠、叶という名前の少年たちであった。 「…………」 「…………」 「…………」 「あれでよく怪我人がでえへんなあ」 「なあ叶」 「なんだよ」 「お前あれに参加しないのかよ?」 「ふっ」 「なんや? その不敵な笑い」 「ああっ! いっつのまに!!」 「うわ、玉子サンドとカレーパンゲットしとる!!」 「すげーだろ。裏技だ」 「お前さ…ただ単に宮川の戦利品奪っただけだろ?」 「んな、ずるいな叶!」 「奪ってない。見てたらくれたんだ」 視線だけでチームメイトに貴重な食料を差し出させるとは… なんたる暴君!! そうして呆れたり怯えたり感心したりしていた織田と畠にいつの間にか背を向けて、 叶は携帯をいじりだしていた。 届いたメールへ返事を打ち込んでいるようだったが、 送信の直後おもむろにガッツポーズした。 「…っつ、いよっしゃあああ!!!」 「「!!!」」 突如雄叫びを上げて仰け反った叶に、ビックウ! と飛び上がった織田と畠。 早鐘のようにドクドクと高鳴る心臓を抑えたセンシティブな状態の二人には構わず、 満面の笑顔で叶が振り返った。 「これ、食っていいぞ!」 織田には玉子サンドを、畠にはカレーパンを押し付けて、 叶は走りだした。 棚からぼた餅に喜びを隠せない織田と畠だったが、叶の行動は不可解だった。 「ちょ、待て叶、な、なんで??」 「ヤツ、ここ最近でいっちばんテンションが高いんだけど」 あっというまにふたりの元から遠ざかっていった叶は、 今もなお喧噪がつづく戦場の最前線に飛び込み、食糧の争奪に参戦していた。 叶は惚れ惚れするほど機敏な動きで、ひとつ、ふたつ、みっつと、 嬉々として次から次にパンを奪い取っていく。 「あーあーあーあーもーわかった」 「叶があんなんなるのはな…」 思い当たる理由はひとつしかない。 「三橋だな」 「西浦のピッチャーやな」 織田と畠は同時に正しい答えをはじき出した。 「おおかた夏休み中に会う約束でもしたんちゃうか?」 「メールに『修ちゃん大好きvv』と書いてたのかもしれねえぞ」 まあ、どっちにしろ。 他の追随を許さず、この仁義無きパンを巡る戦いに圧勝するであろう叶に、 今夜の夕食が保障されたことを喜ぶチームメイト二名であった。 ありがとう、三橋。戦わずして勝ったよ。 そして、 今ごろ埼玉のどこかで野球三昧な日々を送っているであろう某ピッチャーに 感謝するのだった。 |
「三橋受けを救済しようぜ2008!」(主催者空月あおい様)
という企画サイトさんからお借りしたお題です。
こういうアホな学生たちの寮ネタが大好きです。
叶を暴れさせるのは大変楽しい。
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