46 染み広がる淡いあなたを細い指で守るのでした |
浜田は最近、 あることに気がついた。 たとえば。 たとえばである。 浜田は教室の一角へ 視線を投げた。 「うう・・・あ・・・あ・・の・・・すす・・・すみま・・・せ・・・ん?」 たった今、三橋が困った様子で教室にいる。 クラスの女子に話し掛けたいらしい。 きっと、先生から言付けでも頼まれたに違いない。 しかし、 彼女達は 三橋の蚊の鳴くような呼び声に まるっきり気が付いてはいなかった。 (今、頭ン中、イッパイだな。) 見兼ねた浜田が 助け舟を出そうと動いた一歩手前、 そのとき。 すい、と三橋の傍に立った男がいた。 そいつは つかつかと女子に近付くと、 「なあ。三橋が用事あるみたいだからさ、ちょっといい?」 彼女らの興味を三橋へと促した。 更に たどたどしくつたない三橋の言葉を 上手くわかり易く、解説まで加えてやるその男。 《 泉 孝介 》 属性: 一年9組・野球部 特技: 俊足・巧打・毒舌・田島の捕獲 ほか、いろいろ。 浜田の後輩であり、現在は同級生でクラスメイト。 泉の活躍によって、 無事、要件を済ませた三橋は 泉の顔を見ている。 幼い頃から変わらぬ、 三橋の淡く茶色いおおきな瞳には 安堵と、 感謝と、 憧れ、 そのすべてが映っていた。 泉の表情は、こちらを向いていないので 浜田にはあいにく判らない。 しかしその後姿は、 ピンとした背スジは、何だかとても 誇らしげに見えた。 一度ならず 近頃はなんども見る 光景だった |
体育の授業。 浜田と泉は、ふたり一組でストレッチをしていた。 「泉って、面倒見がいいな。」 「あ?」 唐突な浜田の言葉に、前屈しながら泉は顔を上げた。 「ほれ、野球部天然コンビがウチのクラスにはいるだろ。 あいつらのこと、フォローしてるよなって、思って。」 「べつに。あいつらのペースに慣れただけだぜ。」 「まあ、慣れもあるよなー。 けど三橋のことは、とくによく気にかけてんなあって思うぞ。」 「・・・・あいつが困ってるとこ、見てらんねーから。」 その気持ちはなんとなくわかる。 浜田は頷いた。 (見てられないっつーか・・・・なんだ、その。 あれだ。) あの キラキラした尊敬のまなざし。 ヒーローを見つめるこどものような。 あれが、 自分に向けられるのは。 なぜか体の奥が疼いて、 あわてて浜田は、背中を伸ばす。 「タメなのに、なんか弟みてーで、面倒見たくなるよ、な!」 前屈しながら、 わざと あっけらかんとした相槌を打つ浜田には、 一瞬 暗い表情を浮かべた泉の顔が、見えない。 「 ・・・・ちげーよ。 」 ぼそり、泉の低いつぶやきは、 浜田の耳に、じわり響いた。 「・・・ん?」 「オトウトなんてな・・・ そんな生易しいもんじゃねーんだよ。」 「・・・んん?」 もしかして・・・俺は地雷を踏んだのだろうか。 ・・・それとも。 「三橋が辛くて困るのも、 泣くのも、 怯えるのも、・・・見んのヤなんだよ。」 「・・・・・・。」 黙りこくった浜田の背中を、泉は力一杯、地面へ押さえ込んだ。 「いでででででっ!!!」 悲鳴を上げる浜田と 両腕に込めた力を一層強くする泉、 その向こうで、 三橋と田島が 愉快そうにストレッチをしていた。 浜田は最近 気が付いたことがある。 天が呼ぶ 地が呼ぶ 怖くて悲しいと三橋が呼ぶ。 そんなとき、泉はいつだって、 颯爽と見参するのだった。 正義の味方宜しく。 いやあ、 三橋限定の。三橋限定で!! あいつは大したものだと感心しつつ、 すこし悔しいと思う自分にも、浜田は気が付いて。 地雷なんて、地雷なんて、 たぶん俺は最初から踏むつもりだったのだ。 確かめたかったんだ。 教室の片隅で、 三橋が困っている。 今日も呼んでいる。 泉孝介は、 彼は期待を裏切らない。 ・・・・・くそう。 (46 染み広がる淡いあなたを細い指で守るのでした) |
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