39       頼んでもいない祈りを聞いた(大航海時代U)

  



 

 

 

 「なあピエトロ、黄金の国ジパングってどんなところなんだい?」
 「ああ。坊ちゃんつぎの航海先はジパングでしたっけ。」
 「“坊ちゃん”は勘弁してくれないか。君に投資しているのは母上なのだから。敬語も要らないよ」
 「ああすまない。で、何のはなしだっけ。」
 「…ジパングの話を聞かせてもらえないかい?」 
 
 時刻は午前三時半。
 
リスボンの酒場の客は 家路へ、または宿場へ 徐々に消えていった。
 店に残っているのは 
 貴族出身、経験不足を愛嬌でカバー、若き冒険家、 ルーアと
 
金はないが、度胸と経験だけは売るほどあるベテラン冒険家、 ピエトロのふたりだけであった。

 「伝説の黄金の国ってのは言い過ぎがもしれないが、美しい、不思議な文化を持っている国だな。
  オスマンとも、  
新大陸とも違うし、シナの文化に似ているが、 
  ジパング特有の部分もたくさんある。」

 
「へえ。」

感心するルーアにピエトロはにやりと笑いかける。耳寄りなのが、と言葉を続けた。

 「あの国はな。町の女の子が かーわいいぞお。」
 「…そうなのか。」

 「貴族の女にも何度か目通りが叶ったが、何だか顔がお面のようでな。つまらない。
   堺の港にいる娘たちの可愛さときたら。」
 
「…きたら?」

「神秘的だ。 髪も、睫も、目の玉も漆黒。 肌はきいろがかっていて俺達のように白くはないが、
  とにかく決め細やかなのだ。色も手触りも、どこもかしこも象牙のようだな。
   
そばかすひとつないんだぞ!?すごいだろ?」
 
 「…何処もかしこも見たんだな。触ったんだな。」

 「…そんな軽蔑するような目で見るなよ。喜べよ。」

 

目の前の若さ溢れる青年が、喜びこそすれなぜ不機嫌そうにぶどう酒を飲み下すのか、
 元来軟派な  
イタリアン冒険家には理解できない。
 まだ見ぬ東方の島国の物語を聞いて、ルーアは
 
あの頭の回転が速く、思慮深い、修道士の温厚な笑顔を思い浮かべていた。



「…誘惑されなければいいけれど。」
 

 
遥か東の桃源郷。
 とおい異国で彼が惑わされることなく、布教を全うしますようにとルーアは密かに祈った。
 
そこには彼への思慕と、少しの嫉妬の意味を含むと気付かないまま。
 
 
39 頼んでもいない祈りを聞いた)

 ルーアはエンリコへブラコン染みた愛情を持っていそう


                                                                        
                                                                                                柑橘径へ戻る< 
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