01    真っ暗闇より薄闇がこわい(大航海時代U)


 

 14世紀ポルトガルの首都・リスボン港よりはるか西方。
 北緯 40度・西経 40度のそこは、大西洋のど真ん中であった。

 周囲は見渡す限り海。
 深夜の大海は酷く静かで、天が埋め尽くされるほどの星空。

 洋上の船は、全部で七艘ある。
 比較的穏やかな向かい風に吹かれながら、新大陸を目指して進んでいた。
 今をときめくポルトガルの若き冒険家、“ルーア・シルヴァ”の船団であった。




 
先頭を率いる旗船のマストの頂点には、われらが提督の象徴でもある月と野ばらの紋章旗。
 ゆらり、ゆらりと夜風と波に揺れる甲板の上で、ルーアはリュートを弾いていた。
 提督であり、旗船・イシュパーダ号の船長でもある青年は、たいがいいつもご機嫌である。


 「僕ァ、幸せだなあ〜♪」  唄の語り部分にさしかかった ルーア 。



 「若大将、 じゃあないんだから。」

 いつの間にか、エンリコが傍に来ていた。



 穏やかな声と右手のランタンの灯りだけが、かろうじて 彼だと判断させる手がかりであった。
 唄に入りすぎて不意を突かれたルーアはもう少しで大事なリュートを落としてしまいそうだった。


 「びっくりしたなあ。君はまるでジパングの“忍”だね。」

 漆黒の修道士服を纏うエンリコは、夜の闇に溶けかけてそう見えなくもなかった。



 「こんな暗い場所で、明かりもないところで楽器を弾いている貴方のほうが、よっぽど怖いです。」 風邪ひきますよ、とつぶやいて
 
エンリコはガウンを提督の肩にかけてやった。

 ルーアはありがとう、と礼を述べた。幾つになっても、誰に対しても素直なルーアに、エンリコは目を細めた。




 「おれ、旅に出るまでは、暗いところがすこし怖かったんだ〜」

 「ほんとうですか?とても信じられません」

 「ほんとうだよ。たぶんこんなところで、一人で歌えない。」

 照れくさそうにリュートを胸に抱く。

 


 「いまの提督には、怖いもの無しってところですか?」

 「いいや。いまは夜の真っ暗闇よりも、嵐の前兆の薄闇がいちばん、こわい。」



 船乗りとしてはね。                                      
(01       真っ暗闇より薄闇がこわい) 

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