14世紀ポルトガルの首都・リスボン港よりはるか西方。
北緯 40度・西経 40度のそこは、大西洋のど真ん中であった。
周囲は見渡す限り海。
深夜の大海は酷く静かで、天が埋め尽くされるほどの星空。
洋上の船は、全部で七艘ある。
比較的穏やかな向かい風に吹かれながら、新大陸を目指して進んでいた。
今をときめくポルトガルの若き冒険家、“ルーア・シルヴァ”の船団であった。
先頭を率いる旗船のマストの頂点には、われらが提督の象徴でもある月と野ばらの紋章旗。
ゆらり、ゆらりと夜風と波に揺れる甲板の上で、ルーアはリュートを弾いていた。
提督であり、旗船・イシュパーダ号の船長でもある青年は、たいがいいつもご機嫌である。
「僕ァ、幸せだなあ〜♪」
唄の語り部分にさしかかった ルーア 。
「若大将、
じゃあないんだから。」
いつの間にか、エンリコが傍に来ていた。
穏やかな声と右手のランタンの灯りだけが、かろうじて 彼だと判断させる手がかりであった。
唄に入りすぎて不意を突かれたルーアはもう少しで大事なリュートを落としてしまいそうだった。
「びっくりしたなあ。君はまるでジパングの“忍”だね。」 漆黒の修道士服を纏うエンリコは、夜の闇に溶けかけてそう見えなくもなかった。
「こんな暗い場所で、明かりもないところで楽器を弾いている貴方のほうが、よっぽど怖いです。」 風邪ひきますよ、とつぶやいて
エンリコはガウンを提督の肩にかけてやった。
ルーアはありがとう、と礼を述べた。幾つになっても、誰に対しても素直なルーアに、エンリコは目を細めた。
「おれ、旅に出るまでは、暗いところがすこし怖かったんだ〜」
「ほんとうですか?とても信じられません」
「ほんとうだよ。たぶんこんなところで、一人で歌えない。」
照れくさそうにリュートを胸に抱く。
「いまの提督には、怖いもの無しってところですか?」
「いいや。いまは夜の真っ暗闇よりも、嵐の前兆の薄闇がいちばん、こわい。」
船乗りとしてはね。
(01
真っ暗闇より薄闇がこわい)
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