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「あっ。」 三橋は思わず、 ちいさく声を上げてしまった。 隣りで着替える阿部は、 その声を聴きつけて怪訝な顔を向けた。 「なに」 「え、 う? な、・・・・なんでも・・・・ない、 です。」 こんなとき、 三橋は阿部と上手に話せない。 視線を宙に彷徨わせながら、口ごもった。 いっぽう阿部も、こんなとき、 やっぱり上手に話せない。 「・・・・だっ から、 なんなんだよ!」 「ひっ!」 三橋は涙を溜め、ガタガタ震え始めた。 いつもならば 栄口が心配して近寄ってきたり、 泉が阿部にガンをとばしたり、 田島が同時通訳にはいるのだがあいにく。 イグサの微香はさわやかに、 部室で彼らは二人きり。 状況を好転させるには、 オノレらで何とかするしかなかった。 |
「ぼーる・・・・跡・・・・」 最初に口火を切ったのは、 以外にも三橋からだった。 「は?」 「い・・・痛そう・・・」 「なにが?」 まるで連想ゲームだ。 三橋の言葉をスラスラと読み解く田島や栄口たちを、 阿部はあらためて尊敬する。 ぼーる ↓ 跡 ↓ 痛そう ↓ 果たしてその心は?? なんだこれ。 おおぎりかよ。 阿部の目は段々据わってきた。 ふと、 嫌な考えが頭をよぎった。 「おまえまさか怪我してんのか?!」 「ううえええ??! し・・・・してないっ!! してない・・・よお!」 三橋は必死に、 大否定。 はっずれー。 謎の声が天から降って来た様な気がした。 「じゃあ・・・なんなんだよ・・・痛そうって・・・」 三橋は阿部の顔色を気にして、言いあぐねているようだった。 「何言っても 怒んねーから言えよ」 栄口や田島あたりが聞いていたら うそつきー、と思いそうだったが、幸い突っ込む輩は 今誰もいない。 三橋は阿部の言葉を信じた。 「阿部くんのカラダ・・・痣? ボールのかたち、 ついて、る。」 「ああなんだ、これのことか。」 ようやくさっきの暗号が繋がった。 ほっとして、 阿部は 硬球の跡が散らばる、自分の腕や腹を見た。 「これはあいつだ。 榛名の球受けてたときのやつだ。」 ”ハルナ” と聞いて、三橋が、 サアッと蒼ざめた。 阿部は単純に、痛みを心配されたのだと勘違いした。 「古い痣だし、痛くねえよ。 跡だけだ。」 いちばん痛かったのはどれだっけ。 それすらもう忘れてしまいそうだった。 わき腹の古傷を指でなぞる阿部を見て、 三橋は絶望したような顔をする。 何ヶ月たっても、 黄色を帯びた丸い跡は、 阿部から消えることがないのだ。 榛名の才能は、影響力は、 いついつまでも、 彼に 刺さるのだ。 三橋の心境に気が付くことはない阿部は、 それでも三橋のことを考えていた。 なかなか消えることのない、 豪腕で 傲慢で 天才だと思っている、 かつてのバッテリーが付けた痣を見ながら。 高校へ入学してから、 受ける球の数は明らかに増えた。 しかしカラダの痣は、 明らかに激減した。 それもこれも、 (三橋だからだ) 痣は消えない、 棘は喰い込んだまま、 それでもキャッチャーミットには 白いボールが合いも変わらず、 鮮やかにとどくので。 |
「はよ。早いね二人とも。」 それぞれが物思いにふけっていた部室へ 栄口がやってきた。 栄口は 呆然とした三橋の表情が気になったが、 何があったのかは どうしてだか聞けなかった。 「お・・・はよっ。 栄口く、ん。」 「オース」 何事もなかったように挨拶を返す二人から 目を逸らしたくなる。 ええい、でも見るさ、見てやるとも。 「三橋、ボタン掛け違ってるよ。」 「うお、」 ユニフォームの襟を丁寧に正す栄口の指を、 三橋はぼんやり眺めている。 「い、いつも、ありがとう・・・すみまセン・・・。」 「きにするな」 いつもか! 阿部はそう言ってやりたかったが、三橋と栄口のやり取りを黙って見ていた。 阿部が 普段見たことのない表情を 栄口へ向ける三橋、 栄口は ずっと以前から知っている風だった。 痣だらけの自分の胸が ふいに 鈍く痛んだことに 阿部はやはり 気付かない (68 今とても泣きたい、のか、分からない。) |
阿部は自覚が遅そう しかし自覚すると止まらなさそう
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